サステナビリティ推進室は、企業が持続可能な経営に向けた取り組みを行うために設置される組織部門です。「持続可能な経営」とは企業が短期的に利益を上げるだけではなく、長期に渡ってそれを維持できるような組織になることを指します。
昨今では大企業を中心に、環境、社会、ガバナンス(
ESG )に対する取り組みが注目されていますが、これはサステナビリティ推進室の業務範囲の一部です。サステナビリティ推進室は、企業戦略と密接に関連しており、経営者や他の部署と連携を取りながら企業全体のサステナビリティ目標を達成する役割を担います。
サステナブル経営についてもう少し詳しく知りたい方はこちらの記事をご覧ください。
サステナビリティ推進室と似たような役割を持つ組織としてCSR部門が挙げられます。CSRとは企業の社会的責任(Corporate Social Responsibility)のことを指し、地球環境や地域社会への貢献などが主なテーマとなることが多いです。歴史的にはCSR活動の延長としてサステナビリティに取り組む企業が多かったのですが、最近ではこれらは別の概念として分けて考えるべきだと考えられています。また、サステナビリティでは、持続的な経営構造を築くためのガバナンス体制についても担うことが多いです。
ESG とCSRの違いについて解説した記事もありますのでぜひ合わせてご覧ください。
サステナビリティ推進室とサステナビリティ委員会は、しばしば連携を強めながらそれぞれ異なる役割を果たします。サステナビリティ委員会は通常、経営陣や取締役会と直結する高い位置づけの組織であり、企業全体のサステナビリティに対する方針や戦略を決定する役割が多いです。一方で、サステナビリティ推進室はそのような方針や戦略を実行に移す実行部隊としての性格が強い場合が多いです。
ただし、これは一般的な傾向であり、企業によってはその位置付けや役割分担が異なることもあるため、一概に言えるわけではありません。各企業の文化や組織構造、目指すサステナビリティのレベルによって、この二つの組織の関係性は変わることがあります。
サステナビリティ推進室の担当範囲は多岐に渡ります。以下に主な担当業務を挙げますが、サステナビリティという分野自体が新しく、どこまでが守備範囲なのかがはっきりと決まっている企業は少ないため、企業によって大きく変わることもあります。
サステナビリティ推進室が担う業務の中で特に重要なのが、情報開示です。情報開示は主に2種類に分かれています。1つ目は評価機関への情報開示です。世界には企業のサステナビリティの取り組みを評価する評価機関が存在します。評価機関は開示した情報をもとに企業のスコアリングを行い、投資家がその情報を投資判断に活かすことがあります。
これらの機関に対して情報を開示したり、アンケートに回答するのはサステナビリティ推進室の業務です。以下の図に主な外部機関への開示スケジュールを載せます。多くの機関へ対応することが求められていることがわかると思います。
評価機関についてより詳しく知りたい方はこちらの記事もご覧ください。
2つ目は企業が自主的にステークホルダーに対して報告書やレポートの形で情報を開示することです。企業のサステナビリティ活動がどれだけ進んでいるかを評価し、それを外部に伝える手段として、多くの企業は
ESG データブックを公開しています。このデータブックは、企業の環境、社会、ガバナンス(
ESG )に関する取り組みや実績を数値でまとめたもので、ステークホルダーに対する透明性を高めます。
さらに詳細な情報を提供する形で、サステナビリティ報告書も頻繁に用いられます。この報告書は企業のサステナビリティに対する全体的なビジョンや戦略、具体的な取り組みを深堀りしています。また、統合報告書を公開する企業も増えており、これによって財務情報とサステナビリティ情報が一つの文脈で読み解かれます。
また、開示されている内容が投資判断に使用されることも多いので、会計監査と同じく第三者機関による保証もこの情報開示においては重要な要素とされています。これは報告書の信頼性を高める効果があります。
サステナビリティ推進室は「環境関連」の業務も担当します。この中でも、特にTCFD(気候関連財務情報開示)に基づくシナリオ分析は重要です。なお、東京証券取引所プライム市場に上場している企業にとって、TCFDのシナリオ分析の開示は義務付けられています。この分析は、気候変動が企業に与えるリスクや機会を詳細に評価するためのもので、その結果を元に戦略を策定します。
温室効果ガスの削減目標も策定することが極めて重要です。これらの目標に基づき、企業は環境マネジメントシステム(EMS)を用いて、継続的に環境への影響を最小限に抑える改善活動を行います。
外部評価も必須です。CDP(旧名:カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト)による評価があり、この評価は企業の環境に対する取り組みがどれだけ効果的かを判断する重要な指標とされています。
サステナビリティ推進室では「事業戦略の策定」を行うこともあります。この段階で活用されるのが、国際基準であるSASB(サステナビリティ会計基準審議会)、GRI(Global Reporting Initiative)などです。これらの基準は、企業がサステナビリティを事業戦略にどのように組み込むかのガイドラインを提供し、その結果を外部に報告する際の枠組みともなります。
また、事業戦略を策定する過程で「マテリアリティ」の概念が不可欠です。これは、企業が直面する社会・環境問題の中で、どの問題が企業にとって本質的な影響を持ち、ステークホルダーにとって重要なのかを議論し、優先度をつけるプロセスです。
さらに、事業戦略を考える上で、企業の「パーパス」(存在意義や使命)も明確にすることが大切です。パーパスが明確であれば、それを基点にしたサステナビリティ戦略がより具体的かつ効果的に展開できるからです。「パーパス」はサステナビリティに限った話ではないため、上位組織であるサステナビリティ委員会や取締役会などとも協議しながら決めていくことが多いです。
企業が機関投資家やメディアと積極的に対話を行い、企業のサステナビリティに関する取り組みや戦略を明確に説明する「エンゲージメント活動」もサステナビリティ推進室の役割です。特に機関投資家は、リスクの低減や中長期的な価値の創造について深く関心を持っています。サステナビリティ推進室は、投資家が重視する観点から説明を行い、その結果として投資判断に役立てることが期待されます。
また、メディアとのエンゲージメントも非常に重要です。メディアが適切に企業の取り組みを報じることで、一般の消費者やビジネスパートナーへの認知度が向上します。こちらも、サステナビリティ推進室が情報の質と正確性を確保しながらコミュニケーションを行う役割があります。
サステナビリティ推進室では社内教育も重要な業務の一つです。従業員がサステナビリティの重要性を理解し、具体的な行動に移せるよう、eラーニングプログラムの提供や専門家による講演会を主催しています。これらの教育活動は、知識と意識を高め、企業全体でサステナビリティの取り組みを推進する文化を形成することを目的としています。
サステナビリティ推進室が前身がCSR部門である企業も多く、それを引き継いで社会貢献活動もサステナビリティ推進室の担当業務であるケースもあります。ボランティア活動やフィランソロピー活動、イベントの主催も行い、それを通じて企業と社会とのコミュニケーションを強化しています。これらの活動はサステナビリティ推進の一環として、広い意味での持続可能な社会づくりに資するものと位置づけられています。
最後に実際の企業のサステナビリティ推進室の事例について解説したいと思います。
言わずと知れた日本を代表する企業です。
近年、自動車産業は世界的な環境保護の動きと密接に関連しています。二酸化炭素排出量の規制強化やカーボンニュートラルへの移行を目指す流れは、自動車産業にとって避けられない流れとなっています。加えて、トヨタ自動車は非常に複雑なサプライチェーンと1万人を超える豊富な従業員を抱えているため、サステナビリティは必須の課題と言えるでしょう。
最高サステナビリティ責任者の監督下で、統合報告書を通じて環境、品質、情報セキュリティ、知的財産、バリューチェーン連携、人権、ダイバーシティ&インクルージョンなどについてかなり細かく開示しています。
組織体制としては、執行役員会を監督する形で、取締役と監査役から構成されている「サステナビリティ会議」が存在しています。また、サステナビリティ会議との関連性については明示されていませんが、実行部隊として「サステナビリティ推進室」が2019年6月に新設されました。
サステナビリティ推進室とは、企業が持続可能な経営に向けた取り組みを行うために設置される組織である。 サステナビリティ推進室の業務内容は多岐に亘っており、情報開示や環境関連業務、事業戦略の策定やエンゲージメント、社員教育や社会貢献活動など幅広く担当する。 取締役会や経営陣とも連携することが多く、サステナビリティ委員会などが上位組織として設置されることも多い。